奈良地方裁判所 平成8年(わ)120号 判決 1997年4月09日
被告人
氏名
武村雅史
年齢
昭和六年一月二七日生
本籍
奈良県大和高田市南本町一五五六番地
住居
奈良県香芝市西真美三丁目二番地の二
職業
会社役員
検察官
谷岡孝範、中川善雄
弁護人
(私選)田中森一(主任)、白井皓喜、提中良則
主文
被告人を懲役一年六か月及び罰金二八〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(犯罪事実)
被告人は、実父武村光一の死亡(平成三年七月二二日)により同人の財産を他の相続人と共同相続した者であるが、被告人の相続税を免れようと考え、被相続人の死亡により同人の財産を相続した相続人全員分の正規の相続税課税価格は一五億九八七三万六〇〇〇円であり、このうち被告人の正規の課税価格は一億九九八四万二〇〇〇円で、これに対する被告人の相続税額は九八五二万六二〇〇円であった(別紙(一)相続財産の内訳及び別紙(二)犯則税額の内訳参照)にもかかわらず、被相続人の死亡前に登記申請のための委任状が作成されていたように装って、被相続人名義のすべての土地について「真正な登記名義の回復」を登記原因として被告人及び被告人の長男武村圭造の共有名義に虚偽の所有権移転登記をなし、また、相続財産である預金及び有価証券の一部を解約し、他の金融機関に他人の名前を使って定期預金として預け替えるなどして相続財産を秘匿した上、相続税の申告期限である平成四年一月二二日までに、奈良県大和高田市西町一番一五号所在の所轄葛城税務署の税務署長に対し、相続税申告書を提出しないで右期間を徒過させ、もって、不正の行為により自己の相続税九八五二万六二〇〇円を免れた。
(証拠)
括弧内の番号は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示す。
一 被告人の
1 公判供述
2 検察官調書(七四から九二)
一 齋藤勝久(不同意部分を除く。)、武村敏子(三通)、武村清子(八通)、沼井義一、沼井茂子(不同意部分を除く。)、平弘(三通。ただし、二〇については不同意部分を除く。)、中村正之、武村圭造(二通)、乾新八郎(三通)、大川英男、中村芳幸、井倉幹夫、田中裕子、伊東徹、東村篤、西原圭子、小原三侑郎、小林秀貴、森廣志、辰巳敏明、冨士健四郎、中谷宗夫、鮫島守、新居和男、高野勉、森本善明、小本隆、永峯正雄(二通)、朝倉啓次、中村好就、西谷浩一の検察官調書
一 査察官調査報告書、査察官調査書一四通
一 「所轄税務署の所在地について」と題する書面
一 鑑定書
一 登記簿謄本三通、戸籍謄本(一、二)
一 登記申請書二通(平成八年押第二四号の1、2)
(適用法令)
罰条 相続税法六八条一、二項
刑種の選択 懲役刑及び罰金刑の併科
労役場留置 平成七年法律第九一号による改正前の刑法一八条
刑の執行猶予 同法二五条一項
(量刑の理由)
本件は、実父の死亡により多大な遺産を相続した被告人が、不正な手段を弄してその相続税を免れようとした事件である。本来法律の規定に従った公平な遺産分割をすべき相続問題に関し他の相続人の権利を無視して相続財産の独占を図った上、その利益を確保するため相続税納付の負担を回避しようとして本件犯行に至った動機には酌量の余地はなく、しかも巧妙な手段を使って計画的に相続財産隠しを行っており態様は悪質といわざるを得ず、そのほ脱額は高額で、ほ脱率も高率であること、本件公判の途中まで、相続財産に対する自己の貢献を主張して不合理な弁解をしていたこと、更には本件犯行の性質、社会的影響等を考え合わせると、被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。
しかしながら、他面、被告人は、公判段階に至って弁護人の指導等によって徐々に自己の非を悟り、相続税申告の機会を失った共同相続人分を含め所轄税務署に相続税本税、附帯税を全額納付して反省の態度を示していること、税務相談を受けている税理士が被告人の税務処理が今後適正になされるよう指導することを誓っていること、本件で二か月近く身柄を拘束されたほか、マスコミに報道されたことなどで家族ともども少なからざる社会的制裁を受けていること、被告人には、十数年前に罰金刑に処せられた犯歴があるだけでこれまで社会に適応した生活を過ごしてきた者であることなど被告人のために考慮すべき事情が認められる。
そこで、これら諸事情を総合考慮し、被告人に主文の刑を科すとともに、その懲役刑の執行を猶予することが相当と判断した。
(求刑-懲役一年六か月及び罰金三五〇〇万円)
(裁判官 大西良孝)
別紙(一)
相続財産の内訳
<省略>
別紙(二)
犯則税額の内訳
<省略>